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2006年9月30日 (土)

書籍感想:インターネット事件簿 祭られた人々

 そろそろネット世界での「良心」が問われる時期だと思います。ネット上に公開したのだから、無秩序に批判・攻撃されても文句を言うな、嫌なら書くな…って言うのも、ちょっと違うと思います。
 読んだ後の率直な思いは、とても悲しい気分。そして恐怖感。決して気持ちのよい感情ではない。だからちょっと落ち気味です。昨日書店で購入してしまった2冊のうちの一冊。

「インターネット事件簿 祭られた人々 ネット社会が産んだ徒花"祭り"の実体!!」(普遊舎、有栖川礼音他著)普遊舎ムック

 なまじブログなどやっているので、こういう本には敏感に反応してしまいます。書店でネット関連の雑誌と並べて売られていたのを見て、衝動的に購入してしまいました。内容についてここに記載することはしません。(ウェブ検索で「祭られる人々」などというキーワードで検索すると、何となくはおわかりいただけるかもしれません…)

 僕がこの本を読んで思ったことは、「今のままでは日本は、ネット世界においては後進国になってしまうだろう」という悲しさ。そしてネットに接続していることの怖さです。せっかく「ウェブ進化論」(ちくま新書、梅田望夫著)という良書がヒットして、ネットの可能性を語っているのに…。
 この本はムックという形態なので、雑誌に近く、表現の仕方もそれに近いです。でもだからこそリアルに怖い感じを受けます。正直、この記事自体、書くべきか悩みました。

 僕は未だにナローバンド環境だし、動画や音楽の配信サービスの恩恵を受け事もないし、時勢にはかなり疎い人間ですが、ネットに接するという意味だけで言うと、結構長くやってます。

 はじめにネットに接したのは1991年頃。パソコン通信でした。回線速度は1200~2400bps…いまのブロードバンドの1000分の1程度です。当時は大手の「ニフティ・サーブ」などの有料サービス以外に「草の根BBS」などと言われる個人運営の「電子掲示板」がいっぱいありました。大手でも草の根でも共通して言えたことは、必ずシスオペと呼ばれる掲示板の管理者が居て、その人には住所氏名などのリアルな個人情報を提出する必要があり、完全な匿名ではなかったことです。人と人とが交わる場所ですから、それなりに揉め事は発生します。顔が見えない文章だけのやりとりだと、誤解も生まれます。このあたりは今とあまり変わりないですね。でも、昔は必ず「個人vs個人」でした。それにシスオペが居ましたから、行き過ぎた諍いは仲裁・注意もできました。基本的には人同士が集まるので、マナー、モラルといった不文律もありましたし、何よりシスオペの裁量が絶対でした。その掲示板内部ではシスオペを頂点とする統制ができていたのです。

 ところが今回のムックを読むと、近年では「不特定多数vs個人」という構図になって、「諍い」というより「集団いじめ」になっているようです。しかも、いじめる方はほぼ匿名…というか漠然とした集団…で、いじめられる方の個人は様々な情報が暴かれ、晒されてしまいます。今は個人でブログを開設している人が多いですが、その個人ブログやウェブページがやり玉にあがってしまうようです。確かに個人の側の表現や内容に突っ込みどころがある場合が多いようです。しかしそれにしても、集団ヒステリーのように加熱して当事者の私生活まで破壊するようなことは、明らかにやりすぎです。そこには何の規則も基準もないからです。個人の側に相当の問題があったとしても、根本的にはいじめと同じで単に「むかつくから」とか、そういった感情的な面が集団化してエスカレーションされているだけだからです。よくいじめ問題では「いじめられる方が悪い」などという意見も出ますが、僕はそれは違うと思います。あくまでも「いじめる方が悪い」です。

 僕は昨今のジャーナリズムにも同じようなことがいえる気がしています。ジャーナリズムは「中立」に基本を置きながらも、常に「強者」を監視し「弱者」の側に立つ…。これがよい姿だと思っているのですが、現実は逆になっている気がします。ネット社会も、本来なら、前述の「ウェブ進化論」に記載されているように、「持つもの」よりも「持たざるもの」が恩恵を被るべきなのですが、どうもそうではないようです。それだけ未熟な社会だともいえます。しっかりとした「ネット世論」が形成できていませんから…。

 こういう状態が続けば、ネット上でも自由にものが言えない社会になります。「良心」に則ったモラル、マナー形成は不可能でしょうか…。情報を発信する個人の側もいたづらに誰かを攻撃するような反社会的行為をしてはいけませんし、それを目にする「周囲の人々」も感情的にならずに対応して欲しいです…。

関連過去日記:2001年7月27日
他人のWEBページの批評っていうのもさ・・・

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コメント

未読につき、この記事に対する感想として。
攻撃衝動は、いつの時代にもあるものだと思うのですが、かつては腕力にしろペンの力にせよ、コスト(手間、というのも含めて)がかかるものだったゆえに、あまりたくさん行われることは無かったとおもうのですね。(それでも、町内会での口コミによる誹謗中傷で村八分にする、てケースは行われていたのだけれど。)
電脳ネット社会になると、そのオペレーションが低コストで行えるため、攻撃衝動を簡単に実行に移す輩(簡単に言う宇土「バカ」)が増えていると思います。
バカ(あ、言っちゃった)も、身元が割れないようにする程度の知能はある(串ですね)ので、自分は安全なところから、攻撃衝動を開放することが出来ます。
ので、攻撃は続いていくのでしょう。

ただ、ある程度、電脳社会が成熟していくと、「攻撃されないこと」がメリットであるネットワークサービスが出てくると思います。
現状のmixiは実名晒しを前提としていると思いましたので、mixi上では過激な攻撃は行われないのではないかな。(とはいえ「のまねこ問題」の時は、avexの社長のmixiブログは攻撃されまくった、と聞いていますから、まったく安全かというとそうでもないでしょう。このケースでは「ネットワークにおける正義」が攻撃者側にあったため、実名でもいいから攻撃する、という行動に出たのだろうと思います。攻撃していることには変わりないのだけど、鬼畜犯罪者の自宅に抗議の(というより嫌がらせの)電話が殺到するのと同じ現象でしょうか。)
さきほどの「串」も、ネットワーク(ブログ・ホムペ・掲示板サービス)プロバイダで、串からの投稿は認めないっていう、有害アドレスデータベースとその運用を行えば解決する問題ですし。(有害ホームページデータベースとそれを利用した閲覧制限ってのは、学校とか公的端末や、子供さんのいる家庭では、すでに実用になっていますから、それと同じテクノロジー(と人力)で実現可能だと思います。あぁ、これ、ビジネスモデル特許取ってから書いた方が良かったかなぁ。)
人間の攻撃衝動自体は抑えられないですが、ネットワークテクノロジーの発達で、それを、実社会と同じレベルまで抑えることは出来るのではないか、と期待します。

投稿: くりにゃー | 2006年10月 1日 (日) 03時00分

最近だと乙武さんブログの"炎上"も個人対不特定多数ですね
人々のイライラがどこに向かうか…
匿名だからイライラのぶつけどころに容易になるんでしょうね
逆に匿名だからこそ本音も見えてきたりするけれど。。。
情報の選別眼も必要になった来た感があります。
2冊の本とも読んでいないので漠然とした感想です

投稿: とまと | 2006年10月 1日 (日) 05時34分

悲しいかなネット社会に成っても、人の心は変わらない物で、より弱者を見つけて攻撃する事により、自分の優越感を満たすやからが多く見受けられます。ここもワタシの所も、ネットを始めて日が浅い人でも作れるブログですが、初心者に対しての間口が広がった為、そう言う人も増えているんでしょう。色々見て居て細かい所を見付けては攻撃する。実社会でも多い場面で、実社会と違うのは攻撃するのが社会的に地位の高い上司だったりするのが、ネットでは実社会では攻撃されている側の人も、攻撃する側になれると言う事でしょうか、気付いて欲しいですね。自分がやられて嫌な事を他人に対してやってしまっている自分の事を...

投稿: しん | 2006年10月 1日 (日) 14時29分

くりにゃーさん、とまとさん、しんさん
コメントありがとうございます。
まとめてのご返信で失礼します。

 いまmixiなどのSNSが20代を中心に急激に加入者が伸びているらしいですが、この急激さ自体、恐ろしいことだと思っています。完全紹介制の思想・理念からすれば、ちゃんとお互いに知り合った仲になってから紹介すべきなのでしょうが、この増え方はちょっとありえない速度だと感じています。だからですかね。mixiなどのSNS内部で公開した個人情報を悪用されるケースもあると報道されています。
 もっとも僕としては、個人情報を公開しても「誰かが悪用さえしなければ」何の問題もない話だと思うので、「個人情報をむやみに公開するのはよそう」などといわれるネット社会自体、悲しいです。
 コメントありがとうございました。
 またお越しください。

投稿: あゆざかけい | 2006年10月 1日 (日) 15時52分

 こんばんは。お邪魔します。

 「パソコン通信」懐かしい言葉ですね。「電話カプラー」というのも今はどこへやら。91年と言えば湾岸戦争前後の頃ですか。NYで下宿していた頃か・・・。たしか下宿元のご主人の歯科医さんが、そんなことをやっていたな。
 インターネットって、当時は軍事機密だったんですよね。軍基地間のやり取り(もちろんペンタゴンも含めて)専用回線でしたか。
それが、一般に開放され、こんなに普及しようとは思いもしなかった頃でした、ぼくにとっては。

 ネットも科学技術ですから、使う人間によっては善にも悪にもなるのは当然のこと。鉄人28号と同じ存在ですから、やはり扱い方は人の心次第。でも、年を増すごとに悪に染まっていきますね。
 思うに、今の社会が産み出したある種の歪みによって各々の中に積もったストレスを、他人や弱者に向かって吐き出しているだけのこと。面と向かって行えば名誉毀損行為で処罰されるようなことが、ネットというツールを介することで無難に行うことが可能であるというのは、恐ろしいです。しかも匿名性を悪用した不特定多数からの攻撃。これもある種立派なテロリズムですよね。
 「テロには決して屈しない」国であるはずの日本で、このようなテロが公然と行われている、にも関わらず、国としては手を出すこともできず、ただ野放しにしているというのも皮肉な話ですが、かといって徹底した管理をやる国というのもまた恐ろしい社会です。
 攻撃する側も、個人としてはとるに足らない存在ですが、それが集団化することで巨大な権力となるのでしょう。それだけにやっかいですね。
 唯一の解決法は、この社会が「強いものは何をやっても許される社会」から「弱者を助け強きをくじく勇気を、ひとりひとりが持てる社会」に変わることですね。
 変わることをただ待つのは楽なことですが、待っているだけではいつまでたっても変わりません。
 今は変えていく勇気を持って、第一歩を踏み出すことが大切だと思います。変えるために何ができるのかを考え、第一歩を踏み出したいと思います。

 あゆざかさんは、明日が社会復帰への第一歩。今はそれだけを考えてくださいね。では。

投稿: maline | 2006年10月 1日 (日) 20時25分

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