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2007年12月24日 (月)

神経質は疲れる。

 父には良く「神経質だな」と呆れながら言われる。
 自分でもそう思う。
 一度気になりだすと不安で仕方が無い。
 たいてい気になることは些細なことである。
 今も、ここに書くにも当たらない細かいことが気になっている。あえて書くと、先ほど自分の部屋にスリッパで入って、何かを踏んづけた。そしてそのときに圧力によってどこかへ飛んで行った。数秒後にフローリング上に硬く落ちる音がした。でも対象の物体は不明である。いったい何を踏んづけたのだろうか。気になって仕方が無い。「どうでもよいではないか」「だいじょうぶだいじょうぶ」 そう言い聞かそうとするけれど、なかなか呪縛が解けない。
 僕は振り返る人でもある。それは言葉どおりで、いつも後ろを振り返っている。もう本当に、自分が数分前に見聞き感じたすべての事柄を再生する機械が欲しい。それを再生して観ないと不安で仕方が無い。

 非常に疲れる。これって病的?

 明日から4日間。今年の仕事納めである。
 何とか乗り切りたい。
 なるべく早朝に出社してe-ラーニングなどをしたい。
 ここ数日、ちょっと勉強モード。いつまで続くか不明。
 心を静めて、早めに就寝しないと。

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コメント

自分が「正しい」かどうか。世界が「正しい」かどうかを常に気にされてしまうのではないかと思います。
だからこそ、鬱病にかかられたのではないかと。
燃え尽きちゃったのが基本的な原因ですが、仕事のひとつひとつについても綿密なチェックをして、常に「正しい」かどうかを気にして仕事をされてきたのだと勝手に邪推します。
それは仕事量を飛躍的に増やすことになってしまい、結果的に燃え尽きたのではないでしょうか。
もう少し、人生も含めて、ラフに生きることができれば、かなり楽になれるとは思うのですが。
ただ、30すぎると、基本的な性格って固定されてしまうので、よっぽどのことがない限り、性格は変わらないかも知れません。
徐々に、「どうでもいいかぁ」という心を身につけていくことができればいいと思うのですが。
とても大変なことかも知れませんが。

投稿: くりにゃー | 2008年1月 1日 (火) 11時52分

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